個人学習プロジェクト中間報告
トピック: 和菓子 (introduction):トピックの説明、選んだ理由 この報告は和菓子の歴史と和菓子が食べられる時期について報告する。 私はあまり甘いものが好きではない。しかし、和菓子はとても好きで、よく買っている。また、和菓子に使われる材料も好きである。さまざまな和菓子を知って、家で作ったり、日本に行ったときに買ったりしたいと考えている。 (content 1):今までの成果(調べたこと、分かったこと、学んだこと、見つけた資料、など) 和菓子は、日本の伝統的な甘いお菓子である。西洋のお菓子とはちがうが、日本の歴史の中で、和菓子は外国の影響を何回も受けてきた。和菓子の歴史と外国の影響について説明する。 昔、「菓子」という言葉は、今のように「甘いもの」という意味ではなかった。「果物」や「木の実」のことを指していた。しかし、奈良時代になると、「菓子」の意味は甘い食べ物になった。この時代、日本には外国の文化がたくさん入ってきた。料理もその一つである。たとえば、中国から「唐菓子」が伝わった。唐菓子は、米粉に甘い味をつけて油で揚げたお菓子である。 平安時代になると、本当の和菓子が作られるようになった。この時代の絵や本には、「椿餅」という和菓子が出てくる。椿餅は、米粉に甘い味をつけ、椿の葉で包んだお菓子である。唐菓子と作り方がよく似ているため、唐菓子が椿餅に変わったと考えられている。 鎌倉時代には、新しい和菓子がたくさん作られた。中国に行った仏教の僧が、向こうの料理のレシピを日本に持って帰ってきたからである。このとき、日本では和菓子をお茶といっしょに食べる習慣が始まった。また、中国には「点心」という軽い昼ごはんを食べる文化があった。その影響で、日本でも羊羹や饅頭を点心として食べるようになった。今でも、羊羹と饅頭は有名な和菓子である。 15~17世紀の「大航海時代」に、ポルトガルの人々が日本に来た。彼らは日本と貿易をしたり、キリスト教を広めたりした。そのとき、ポルトガルから「カステラ」というお菓子が伝わった。 江戸時代より前、和菓子を食べることができたのはお金持ちだけであった。しかし、江戸時代になると駄菓子ができ、庶民も和菓子を楽しめるようになった。駄菓子は、砂糖が高かったため、甘い穀物を使った安いお菓子である。 また、この時代には飴売...